東大海洋工学水槽廣田幸嗣氏からエッセイ[22] を送っていただきました。

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イオンエンジンで飛んだはやぶさは Spaceborne EV である。最近のパワーエレクトロニクスとバッテリの 4K(小型/高出力/軽量/堅牢)化によって,電気で動く移動体:Electric Vehicle が陸海空で増えてゆくと予想される。今月は海の日に因み,電気推進船 Seaborne EV の話題を取り上げてみよう。

南極観測船「しらせ」や駆逐艦,豪華客船など,機動性や静粛性が要求される船舶で電気推進が使われている。電源はエンジン等で駆動する発電機であり,電動モータでスクループロペラを回転して推進する。いわばシリーズハイブリッド Series Hybrid EV である。

小型船舶ではリチウムイオン電池を使い,純血 PurebredのEV 船が造れる時代になってきた。東京海洋大学は 2010 年春に,世界初の急速充電対応型 EV 船を建造した。電気自動車 Roadborne EV の部品がそのまま流用されている。4K(小型/高出力/軽量/堅牢)の要件は,すべての移動体に共通なので,素早い横展開が可能である。写真左下は,沖縄県石垣島で今年就航した EV 観光船である。

東京大学の生産技術研究所では,波力発電 Wave Energy Harvesting で電池を充電しながら航行する双胴船を研究している(写真右下)。波力は太陽光や風力よりエネルギー密度がはるかに高く,時間的にも空間的にも安定していて発電量を見通しやすい。実験船はスカイフック制御も可能で,荒天時にはキャビンを空中に安定させることができる。

キャビンとフロートの間には,ラック&ピニオンギア機構の付いたモータ兼発電機MGとコイルバネを一組としたメカを,前後左右の4点に配置している。MGは,波力発電では発電機として動作させ,スカイフック制御では駆動 Motoring と制動 Braking を随時切換えて,キャビンの搖動を抑制する。

一般に電動モータによる制動では,モータを逆転させるか,モータを発電機として動作させエネルギー吸収するかの2つの方法ある。純電気制動の電車では,モータを回転と逆方向に駆動する逆転制動 Plugging Brake が使われる。これにより摩擦ブレーキの交換回数を激減でき,回生失効も回避できる。電気自動車で言えば R レンジに入れて,モータだけで止めるようなものである。

モータを発電機として動作させる回生制動 Regenerative Brake は,逆転制動よりも制動力が弱いが制動エネルギーを回収できる。回転ドラム式の洗濯機では,回転を時計周りと反時計回りに交互に切り替える。制動時に回転エネルギーを蓄電器に回収し,そのエネルギーを次の回転駆動に使う回生技術がある。回転運動と蓄電器の間でエネルギーのやり取りが続くが,こうした細かい省エネ技術は日本が得意である。

東大生研のスカイフック制御ではエネルギーの過剰消費を避けるため,キャビンの運動を制動するときに,逆転制動を出来るだけ避けて回生制動領域を多く使うようにする。

波力発電の船は,停泊中にバッテリをタダで充電できる。燃料や電池がカラになってもなんとか帰港できる非常時帰還能力 Limp-Home Capability も自然に備えている。電気自動車とは一味違う面白さが,ここにあるように思う。

EV観光船