湘南海岸で育ったので,花火(fireworks)は夏の風物詩だった。7月20日の横浜港の花火大会に始まり,江ノ島花火大会,8月1日の茅ヶ崎花火大会(これは茅ヶ崎市民しか知らないが),8月10日の鎌倉花火大会など,毎年7月後半から8月上旬にかけては,三浦半島から伊豆半島のどこかで毎日のように花火大会が開かれている。花火は日本だけで盛んなのかと思っていたが,ケンブリッジの人も花火が大好きだった。

もともと花火は中国で発明され,ヨーロッパでは14世紀後半にフィレンツエで行われたのに始まると言う。その後15世紀に英国にも伝わったとされている。なお,日本に伝わったのは16世紀半ばの鉄砲伝来の後である。

6月上旬にケンブリッジ大の学期末試験が終わったころから,花火の音が聞こえてくる機会が増えた。これは学生たちの喜びの花火だった。しかし,英国では花火は日本のように夏の風物詩ではなく,秋から冬にかけての風物詩だそうだ。そのメインイベントが11月5日の Guy Fawkes Day である。Guy Fawkes Day を例によって辞書で調べると,つぎのように書いてあった。

ガイ・フォークス祭(英国の火薬陰謀事件 (Gunpowder Plot)) 記念日。この日に向けて子供たちはありあわせの材料でガイ人形を作って街を引き回し,“A penny for the Guy.”(ガイのために1ペニーおくれ) と道行く人たちにお小遣いをねだり,当日花火を買う資金にしたりする。当日の夜,この人形を焼くので Bonfire Night (たき火の夜)とも呼ばれる

と書いてあった。

先週の金曜日(10月31日)はハロウィーン(Halloween)だった。外国ではハロウィーンのときは大騒ぎになるものだと思っていたが,これは米国での話で,英国ではハロウィーンの1週間後に行われる Guy Fawkes Day の方が盛んだそうだ。ガイ人形の話は本を読んで知っていたので,11月5日の当日までに,ケンブリッジの街でガイ人形を見る機会があるだろうと思っていたのだが,結局1度も見ることはできなかった。家内が英会話の先生から聞いてきた話によると,つい最近まではケンブリッジでもガイ人形を引き回している光景は見かけたらしい。しかし,もらったお金で子供が花火を買い,その花火による事故が多発したため,それを防ぐために,最近ではガイ人形を作らないように指導しているとのことであった。したがって,私の調べた辞書はちょっと古かったようだ。

さて,英国の火薬陰謀事件とは一体何なのだろうか。

1603年にエリザベス1世が跡継ぎを残さないまま亡くなり,スコットランドのメアリー女王の息子である「スコットランド王ジェームズ六世」が,「イングランド王ジェームズ1世」としてイングランドとスコットランド両方を治めることになった。カトリック教徒の間では,自分たちを弾圧ジェームズ1世への不満が高まり,ガイ・フォークスを含む13人のカトリック教徒たちが,ウェストミンスター(国会議事堂)を開会式の日に爆破することによって,国王ジェームズ1世と国会議員たちを亡きものにしようとたくらんだ。彼らは36樽の火薬を貴族院の地下室に隠し,実行の日を待っていた。しかし,このたくらみが露見し,開会式前夜に国会議事堂が徹底捜索され,1605年11月5日未明に36樽の火薬の点火係として地下室に潜んでいたガイ・フォークスが発見され,その場で逮捕された。拷問などにより獄中で死亡した者たちを除いて,残りのメンバーは1606年1月末に公開処刑された。この事件の名残で,英国では現在でも国会の開会式前には,“The Yeomen of the Guard” と呼ばれる衛兵たちによってウェストミンスター宮殿中を大捜索することが伝統となっているそうである。

もともと11月5日はたき火の夜なのだが,当日は盛大な花火大会が英国各地で開かれた。BBC の夜10時のニュースでも,各地の模様が映し出され,それと同時に消防車の出動が多かったとか,少なかったとか言っていた。ケンブリッジの花火大会会場は,われらの Midsummer Common である。わが家から徒歩1分の距離である。夏が終わっても Midsummer Common ではいろいろなイベントが開かれた。10月には “Moscow State Circus” というサーカス団が1週間興行した。動物が出てこないサーカスだと文句を言っていた人もいたが,綱渡りや空中ブランコを中心としたロシアらしいサーカスだった。そして,Guy Fawkes Day には,例によって移動遊園地がどこからともなく登場し,観覧車などが出現した。夜7時半の花火大会の開始時間には,広大な Midsummer Common は人でいっぱいになっていた。そして,約20分間の光と音の競演に観衆は歓声を上げて見とれていた。

この夜の気温はたぶん5度くらいだっただろう。ダウンジャケットを着て,マフラーをして見る花火は,初めての経験だった。見る前までは,秋の花火は物悲しいだろうと思っていたが,派手な花火の連発で,とても楽しむことができた。ただ,クリスマスやセントバレンタインデーとは違って,このお祭は日本には上陸しないだろう。なぜならば,クリスマスケーキやバレンタインチョコレートのような関連商品が Guy Fawkes Day にはないのである。

Guy Fawkes Day の翌日,ケンブリッジ大学工学部では,火災避難訓練(fire drill) が行われた。