分子生物学者の福岡伸一教授が著したベストセラー「動的平衡」(Dynamic Equilibrium)を読んだ。立て続けに,同著者による「生物と無生物のあいだ」と「世界は分けてもわからない」も読んだ。
 いわゆる理科系の人でも文章の上手な人はたくさんいるが(その筆頭は,大阪府立大電気工学科出身の東野圭吾だと思われるが),福岡教授は博識であり,彼の文章は本職の作家が書いたような素晴らしいものだった。
 動的平衡の意味を簡単に説明することは難しいが,「生命とは,動的平衡にある流れである」と定義してあった。また,「動的な秩序は絶え間なく壊されなければならないという」,シェーンハイマーの言葉も印象的だった。
 動的(dynamic)も平衡(equilibrium:発音が難しい)も制御の研究を行っている足立研究室の洋書輪講でしばしば登場する重要な技術用語である。ダイナミクスがあるシステムを対象とする学問が「制御理論」であるが,とても複雑なダイナミクスを有する生物も制御理論の一番ホットな研究対象になっている。足立研でも,システム同定と制御の観点から,細胞分裂ネットワークの推定などの研究を東 剛人准教授(宇都宮大学)と共同で行っている。
 ダイナミクス(動きのことであり,ちょっと難しく言うと,対象の動きが微分方程式で記述できること)のあるシステムであればなんでも制御の研究対象となり得ることが,制御を研究する醍醐味だ。そのため,足立研究室では,電気自動車,ディーゼルエンジン車,ガソリンエンジン車などの自動車,ロケット,ロボットのようなメカニカルシステム,複写機のような精密機器,超音波ドプラ血流計測器のような医療機器,そして音など,さまざまなものを制御の対象として研究を進めている。それらの分野では確実に制御の力を必要としているし,ここにあげた以外の分野でも制御の力が必要なところはたくさんあると信じている。
 ところで,私が中学生のときに読み漁った作家の一人に「星 新一」がいる。星 新一はショートショートの第一人者であったが,わかりやす過ぎる文体のため,生前はその実力を正当に評価されなかった作家ではないかと思っている。しかし,2007年に最相葉月の『星 新一 一〇〇一話をつくった人』により,再び脚光を浴びた。私は,私とほぼ同年輩の福岡教授も星 新一のファンではないかと思っている。氏の書物の中にも星 新一の名前は出てくるし,なにより,動的平衡の書き出しのショートショートの主人公である「Fハカセ」なんていう表現は,まさしく星 新一の書き方だ。

 【世界最小の島,ランゲルハンス島】(Wikipediaより)