DSC02107 (1024x575)廣田幸嗣氏からエッセイ[21] を送っていただきました。

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宮内庁の職員が昭和天皇に「雑草を抜いておきました」と言ったところ,「雑草なんて植物はないよ」と諭されたと言う。ほのぼのとした逸話であるが,確かに植物学に雑草はない。同様に電磁気学でも,雑音信号は特別な種として存在せず,正規の電気信号と同様に Maxwell の方程式に従う。

さて回路を設計すると,高周波ノイズ RFI:Radio Frequency Interference を発生したり,反対に妨害を受けたりすることがある。このラジオノイズ問題がいつまで経っても解消しない。

その理由の一つは,常に新しい電磁環境が生まれることである。つまり旧来の問題が何とか解決すると,新たなラジオノイズの発生源や被害者が登場する,要はモグラ叩きである。

車両上には,制御から情報通信まで多くの組み込み機器があり,増殖中である。またスマホのような持ち込み機器や,ペースメーカのような埋め込み機器もこれに加わる。将来はパワードスーツのような着込み機器もこれに加わるだろう。

つぎは,RFI 問題が回路理論と電磁気学の三遊間にあるという事実である。Maxwell の方程式はいま人類が持っている物理学体系の中で,最も信頼できるものである。そして放射や誘導を伴う RFI は,電磁気学の対象である。しかし電磁気学で電子機器を設計できないので,代りに回路理論を使う。ここに,RFI 問題が多発する元凶がある(低周波の電磁干渉 EMI:Electro-Magnetic Interference は回路理論で扱える)

回路理論の基礎は,キルヒホフの法則の電圧則と電流則である。サーキット路を一周して元の位置に戻ったときの電位 electric potential は始めの値と変わらず,また電流は回路から宇宙へ飛んで行かない。要するに,電気回路を閉じた保存場として扱っている。一方 Maxwell の方程式は周知のように,電磁気は非保存場で電波として放射することを示している。

電磁気学は RFI を取り扱えるが,回路設計に使いにくい。便利な回路理論は RFI を対象外としている。このギャップを埋める手法が,寄生結合容量 Cm と寄生相互インダクタンス M を導入した回路モデルである。BAD-AID として導入した Cm と M を寄生素子 parasitic elements と称するが,電磁気学の視点で見ればこれぞ真性素子 intrinsic elements である。

寄生素子は原理的に無限個必要だが解析できなくなるので,「ツボ」を見つけて最小限組み込む必要がある。初めに正解が分からないので,何処に入れるべきか分からない。経験と勘が必要である。したがって,ノイズで痛い目にあって事後対策が済んだ頃に,近似解法が確定することがよくある。

三番目の理由は搭載される部品が,RFI が問題になるギガヘルツまでの高周波特性を考慮した設計がされていないことである。たとえば ON/OFF スイッチング電流が流れるモータの巻線は,測定しないと高周波インピーダンスが分らない。製造バラツキも大きい。設計や管理がなされていないものに対して,事前に RFI 対策せよ! と言われても困るのである。

このような難問から逃げる唯一の処方は,ノイズ発生源であるオンオフ回路をソフトスイッチングにするか,発生した高調波成分だけを選り分け,熱に変換して除去するかである。これらはよく知られているが,実際にやろうとすると,制約が多くて教科書通りに行かない。こうして,「ラジオノイズは不滅です」となる。

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