DSC04542 (1024x768)廣田幸嗣氏からエッセイ[25] を送っていただきました。

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情報のビットを処理するのがマイクロエレクトロニクスで、電力のワットを制御するのがパワーエレクトロニクスである。1973 年にWilliam R. Newell 博士が,半導体工学,回路工学,制御工学の境界領域を power electronics と命名した。

半導体と電子回路技術は,トランジスタラジオ以来の長い付き合いがある。また回路と制御理論は Black 氏が発明した負帰還 negative feedback 技術を共通の起源に持つ。このため回路を中核として3つの技術の親和性がよく,単なる技術の寄せ集めではない,それぞれの出自の専門領域にはなかった独自の新技術が創出されている。

たとえば,N 型シリコン Si 半導体のインゴットは, Si を溶融したルツボにリン P を入れて作成する。しかし高耐圧のパワーデバイスでは,不純物を入れない真性 Si インゴットを作り,中性子を照射する。Si 同位元素が P 原子に転換されて,高耐圧に必須の高精度かつ均質な N 層が形成される。

複数の専門技術を組み合わせた学際領域は,密着度の順に,multi-disciplinary(多分野技術の寄せ集め),cross-disciplinary(技術の横断的擦り合わせ)<inter-disciplinary(技術の融合)<trans-disciplinary(新たな学問体系)と区分される。例えば,躯体・付帯・内装に分業される建築学<自動車工学<パワーエレクトロニクス<電気を取り込んだ電気化学が挙げられる。

電池のエネルギー容量の増加で,電気自動車のように電池を電源としたパワーエレクトロニクス応用が増えてゆくので,両者がうまく協業する必要がある。しかし,いま電気回路のエンジニアが電気化学の教科書を読むと,電池と回路工学のアプローチの違いに当惑することが時々ある。

たとえば電極と電解液の界面は,半導体の PN 接合と同様に電子の位置エネルギーが異なる2つの相が,電気二重層を介して接しているので,その電流電圧特性は類似するだろう。

半導体の教科書では,最初に電子の振舞いを電子物性論でじっくりと学び,それを基礎にしてダイオード電流が電圧の指数関数になる関係式が導かれる。遠回りであるが,電子の動きのイメージが頭の中に作られているので,エレクトロンデバイスの働きがガッテンできたような気分になれる。

電気化学の教科書では,経験則のアレニウスの式を変形し,電子の反応速度が電圧の指数関数になるという仮定を置いて,類似の関係式を導出する。反応のカラクリが分からなくても結論が導かれるのは,現象論的な熱力学の優れたところだが,当然のこととして界面を動き回る電子の姿は見えて来ない。

電子の反応速度とは電流と同義なので,アレニウスの式を導入した時点で,結論が決まったようにも見える。 もちろん先端研究では第一原理の計算機解析が行われているが,その成果が一般の教科書に反映されていないのだと推察される。

商用電源は,電気事業法施行規則により 101V ± 6V,202V ± 20V が保証され,回路設計で電源変動を気にすることはない。しかし電池では,電圧やインピーダンスが時々刻々変化する。

したがってバッテリを電源とする高度の応用システムでは,電池をブラックボックスにしないことが肝要である。社風が異なる会社が合併したつもりで,二つの領域のエンジニアが協力して一つの新領域を構築してゆく努力が必要であろう。