L1020597久しぶりに廣田幸嗣氏からエッセイ[30] を送っていただきました。

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日常生活の場である巨視 macroscopic の世界と,量子力学が支配する微視 microscopic の世界の中間領域を、メゾスコピック mesoscopic 領域と言う。工業的に扱えるサイズでありながら,電子の量子波動としての振る舞いが見られるのが特徴である。材料的にはナノスケール(1/1000 μm 前後)なので、最近ではもっぱら「ナノテク」と呼ばれる。

江崎玲於奈博士は 1969 年に、ナノテクによって人工的な結晶=超格子を作れば,新機能の半導体デバイスが可能であることを論文にまとめアメリカの物理学会に提出した。しかし too speculative and involved no new physics と酷評され採択されなかったと言う。しかし今や、博士が提唱した原理を使った LED や高性能トランジスタが実用になり、ナノテクは花盛りである。江崎博士はトンネルダイオードの発明でノーベル賞を受賞したが,社会への貢献度では超格子の提案の方がはるかに大きい。

鉛蓄電池は硫酸溶液中に酸化鉛と鉛を電極として入れたシンプルな構造の電池で 1859 年にブランテにより発明されて以来、いまも自動車用電池の主役の座を守っている。セル当り約 2V の起電力を発生する。これは水の電気分解電圧=1.23V よりも高いが、気体の水素と酸素を作る反応が遅いので自己放電は少ない。

硫酸液中に電子は居られないのに、溶液中の硫酸水素イオンなどと電子が反応して電気を発生する。放電によって電極表面に生成される硫酸鉛は絶縁物なのに、充電するときには,ここに電流が流れ硫酸鉛を鉛と酸化鉛に戻すことができる。

これは硫酸溶液と電極界面や,硫酸鉛での反応領域がナノサイズのために、電子が波動となって突き抜けるためである(トンネル効果)。つまり鉛蓄電池は意図しないで作られた「出来ちゃったナノテク電池」と言えよう。

いま流行のアイドリングストップでは、電池は充放電を繰り返す。こうすると、使っているうちに硫酸鉛がナノサイズ以上に巨大化し、電子波が通過しなくなり、電流が流れなくなる(サルフェーション)。そこで電極内に微細なカーボン粉末を数%混入すると放電してできる硫酸鉛のなかにカーボンが混じる。電子の波は、そのカーボンの島々を飛び飛びに伝わって、電流が流れ続けて(ホッピング電導)劣化し難くなる。

こうした「意図したナノテク」技術により、これからも鉛蓄電池やリチウムイオン電池などは,飛躍的に進化するだろう。
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廣田氏と共同編集した新しい本を脱稿した話題も書いておきましょう。
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脱稿!

最新刊「バッテリマネジメント工学」(足立・廣田編著,三原,押上,馬場,丸田著)(東京電機大学出版局)の執筆/編集を終えました。一昨日,われわれの手を離れ,編集者へ原稿一式を渡しました。

物理(電気化学)と情報(システム科学)の両面から電池について記述した本で,このような専門書はわが国では初めてでしょう。バトラー=フォルマーの式から,非線形カルマンフィルタまで内容は多岐に渡っています。

この半年,私が最も時間を費やした仕事の一つです。自分の仕事には甘い私ですが,今回の本も自信作です。とはいえ,専門書なので,売り上げはほとんど期待できませんが,

書店の店頭に並ぶのはまだまだ先のこと(年内を予定しています)ですが,私にとって14冊目の単行本,とても楽しみです。(足立記)
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